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風邪について

開業の内科医が外来で一番診ることが多いのは、いわゆる風邪です。風邪の9割以上はウイルス性と言われています。急性のウイルスによる呼吸器感染症は共通する特徴が多いので、風邪を例にとってご説明します。

 

鼻からのど(鼻腔から喉頭)までの空気の通り道(気道)を上気道と言います。症状が下気道(気管 気管支 肺)に達することもあります。咳や痰は、気管よりも奥の部位の症状ですから、診断としては急性気管支炎あるいは肺炎となります。典型的な初期症状で咽頭痛、鼻水、咳や痰があるとき、それぞれの炎症部位が咽頭、鼻腔、気管・気管支と同時多発するのがウイルス性の特徴と言われています。抗菌薬(抗生物質等)は必要ないと判断します。抗菌薬を無駄遣いしているとその方の体内に耐性菌が出現して、本当に肺炎や腎盂腎炎みたいに重症感染症で抗菌薬が必要なときに効かなくなるからです。

 

クラビット(一般名 レボフロキサシン)という抗菌薬は肺炎、膀胱炎・腎盂腎炎、細菌性胃腸炎など頻度が高かったり、こじらすと命に関わる重大疾患に大変有効です。ところが中国では薬局で「風邪薬」として処方箋なしで買えるそうです。乱用されて耐性菌だらけになっているとのこと。我が国に入って来たら耐性菌が蔓延し、治るはずの病気が治らなくなることになります。感染症専門家は、「日本は大変な国の隣にあるが引っ越すわけにもいかないし。」と頭を抱えているようです。抗菌薬は新薬開発に数百億円、10年以上かかると言われます。おまけに鎮痛解熱剤と並んで副作用の横綱で、巨額の賠償金請求に裁判で負けることも珍しくありません。製薬会社が手を引くのも理解できます。

 

ここで抗菌薬という耳慣れない用語の説明をさせて下さい。抗生物質(Antibiotics)の定義は、「微生物(カビなど)が生産し、他の微生物(細菌など)の増えるのを抑制し破壊できる化学物質」という事です。それに対して抗菌薬(Antibacterial agents)は「細菌の生育を抑える薬」です。抗生物質と違って、どうやって作られたかは限定されないので抗生物質も化学的に合成された薬(ニューキノロン系抗生物質(クラビット)やサルファ剤)も両方を含みます。抗菌薬には抗ウイルス薬(インフルエンザに対するタミフル等)や抗真菌薬(水虫のようなカビ)は含まれません。抗菌薬(抗生物質等)は大部分を占めるウイルス性の風邪に全く効かず副作用や耐性菌を増やすリスクがあります。処方しないようにと何度もお上からお達しが出ています。

 

学術用語としては抗菌薬を使う事になっていますが、診察室では話が通じやすい抗生物質を使うことが多いです。患者様にとってはウナギと同じような話で、天然物だろうが養殖物(人工物)だろうが要はうまければ(効いてくれさえすれば)いいわけですから余計な説明だったかもしれません。

 

早期に抗菌薬を使用することで肺炎を予防できるのではと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、これまでの多数の研究ですべて否定されています。例外として高齢者の方、慢性呼吸器疾患の方、風邪をこじらせて抗菌薬を使用しないとよくならなかった経験のある方には、よくご相談の上で処方することにしています。

 

通常の風邪であれば2-3日で発熱は下がり始めます。発熱が長引いたり、咳・痰が続く方は初診の方でもレントゲンを勧めます。聴診だけでは肺炎の診断をつけるのは困難とされています。初期に肺炎を見つければ、当院で24時間効き目のある抗生物質(ロセフィン)を1回点滴します。適切な経口抗菌薬(例 クラビット)を併用して、治せます。使った抗菌薬の耐性菌が原因だったり、カバーしている細菌以外が原因の時は当然改善しません。そのリスクを避けるために、翌日再診していただいて確認させて頂きます。元々軽症の肺炎だけを当院で治療するわけですから、有効であればすぐに完治しなくても呼吸が楽になったり解熱傾向が見られ、全身状態が改善するわけです。

 

風邪を引いて気管支喘息が悪化(急性増悪:「きゅうせいぞうあく」と読みます。ぞうおと読むと憎しみになりますね。)し、呼吸苦と発熱を訴える患者様を拝見したことがあります。レントゲンで肺炎と診断しましたが総合病院の受診希望なく、喘息発作に対してステロイド、肺炎に対して抗菌薬ロセフィンを両方入れて点滴を行いました。終わり頃には苦しそうだったお顔が微笑みに変わり、真っ青だった顔が生気を取り戻し驚いたものです。

 

中等度以上の肺炎になると入院して、数週間治療を受けることになるので大変な負担です。初診の時のレントゲンで肺炎を見つけることは少なくありません。風邪ぐらいでは受診しないと考える方も多く、こじらせて受診するわけです。今まで引いた風邪と違い、高熱が長引く、息苦しく呼吸数が多い時は早めに受診して下さい。安静時の健康な成人の平均的な呼吸数は毎分 12-20回とされています。胸の上下運動を数えます。息を吐くときと吸う時をあわせて1回と数えます。24回以上を頻呼吸とします。但し、年齢が重要で赤ちゃんは多く、40回にも及びます。高齢になると30回前後に達します。

 

医師や看護師は、病人が緊急性があるのかないかを判断するのが重要な仕事の一つです。判断基準として重要なのがバイタルサイン(生命徴候)と呼ばれる物です。特に厳密な定義はないのですが血圧、脈拍、体温は数値で表現でき代表的な物です。もちろん、意識状態、排尿・排便状態など数え上げれば切りがありません。医療者でも忘れがちなのが呼吸数ですが、上述のように大変重要です。

 

ウイルス性の風邪から発症した肺炎に、なぜ細菌にしか効果のない抗菌薬が効くのか不思議に思われるかもしれません。風邪からの肺炎の大部分が気道の抵抗力が弱まり、あらたに細菌感染(二次感染)を引き起こすからなのです。新型コロナでは、風邪も肺炎も原因は同じ新型コロナウイルスと言うことが特徴です。抗ウイルス薬は、インフルエンザなど少数のウイルスに対してしか存在しません。従ってウイルス性肺炎は細菌性肺炎と比べて、非常にやっかいです。基本的に自分の免疫で打ち克つしかありません。呼吸苦になれば、万難を排して、肺→体内への酸素補給が保たれるようにし、自然に回復することを待つわけです。

 

咳や痰が長引いてレントゲンで肺炎が否定されると気管支炎と言うことになります。

当院の採血検査で、白血球・CRPを測定し、炎症の有無・程度がすぐに分かります。白血球分画で抗菌薬を使うかどうか(細菌性かウイルス性か)がある程度分かります。細菌性を疑うときに抗菌薬投与となります。

 

ちなみに2015-2018年の3年間、日本での風邪に対する抗菌薬の処方頻度を岡山大学のグループが発表しています。一番多く処方されていたのがセファロスポリン系(41.9%:フロモックス・メイアクト)、次いでマクロライド系(32.8%:エリスロシン・クラリス)、ニューキノロン(フルオロキノロンとも言います)系(14.7%:クラビット・ジェニナック)と言う結果でした。セファロスポリン系のほとんどが第3世代のセファロスポリン系でした。

 

今までの研究成果に基づいて(evidence-based medicine:根拠に基づく医療)ガイドラインを作成し、急性上気道炎では、第一選択をペニシリン系としていますが、この研究では8.0%と欧米先進国とは異なる結果でした。これには日本におけるガイドラインも欧米先進国のものと同じ内容だったというオチがつきます。従って私は、急性上気道炎で細菌の関与が疑われるときは、ガイドライン通り、ペニシリン系のサワシリン(アモキシシリン)を処方します。

 

  セファロスポリン系の第3世代というのは、細菌を殺す力が強く、カバーする細菌の範囲が広いのです。その分、耐性菌が出現しやすくなります。感染症の常識では、これまでの膨大な疫学データから一番確率の高い原因菌にピンポイントで効く抗菌薬を最初に処方すると言うことになります。古くから使われているペニシリン系が今でも大変有効であると言うことは、それだけ耐性菌が現れにくいという何よりの証拠です。ガイドラインと異なることを行う場合には、それ相応の理由(例 ペニシリン系の他の薬で薬疹が出た。)が必要だと思います。医療費高騰のおり古くからある薬は安く新しい薬は高価です。安くて有効な薬を使わない理由が私には分かりません。高価な薬を選んでも収入は製薬会社に入り、医師の収入にはなりません。もっとも単純に後からの強力で広範囲に効く薬の方が患者様も早く治るし、標的となる細菌を外さなくて済むと本気で思っているのなら別ですが。

 

症状に応じて熱冷まし・痛み止め(鎮痛・解熱・抗炎症作用)や咳止めをお出しします。世界的なスタンダードは、アセトアミノフェン(商品名 カロナール等)です。鎮痛解熱剤を別々の薬と勘違いする方がいらっしゃいますが、一剤で両方の効果があります。ステロイド以外の鎮痛解熱剤をNSAIDs(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs:非ステロイド性抗炎症薬)と略します。薬の効く仕組み(作用機序)が異なり、アセトアミノフェンは抗炎症作用が弱いので含まれていません。NSAIDsは有用な薬ですが胃潰瘍・吐血・下血や腎障害などの重大な副作用があります。不快な症状ですが、数日の我慢です。どうしても痛いときでもロキソニンの処方程度にしておきます。

 

痛みの程度がよくならず長引く場合には、扁桃腺の周囲に膿がたまる膿瘍という状態が疑われます。耳鼻科で切って膿を出していただく(切開排膿)必要があるので、紹介となります。

 

咳に対してはメジコンが教科書的な処方です。以前もらって効かなかったとか数週間長引いたという方には最初からリン酸コデインを処方します。一般的に強いお薬と言われますが、年齢や体格に応じて量を加減すれば大丈夫です。

 

改善しない場合、咳喘息やアトピー性咳嗽など病原体がいなくなったあとのアレルギー反応を疑います。咳喘息も気管支喘息と同じアレルギーですが、気管支が痙攣して狭くなり、胸でゼェーゼェー音がする喘鳴はありません。呼気のNO(一酸化窒素)を測定することにより、客観的に診断することができます。息を吐き出すだけですから、非常に手軽な検査です。治療はステロイドの吸入になります。ステロイド剤を使用するときは、感染症を悪化させる可能性がありますが、当院の流れではすでに、レントゲン・血液検査で肺炎は否定されていますので、ご心配なく。

 

以上のような対処後も、咳が長引く時があります。その時は、十分に必要性をお話しして、飲み薬のステロイド薬を使うことになります。ここまでやって効かなければ、CT検査をおすすめしてレントゲンでは写らない異常をチェックします。脳はMRI検査の方がCTより病変の検出に優れていますが、肺の病気ではCTの方が優れています。元々、胸部レントゲンは解剖学的な盲点(骨、横隔膜、心臓などに遮られて見えない)があり、肺全体の7割程度しか見えないとされています。分解能も大違いです。CTでは、数mmの大きさから検出できますが、レントゲンでは2-3cm以上必要です。人間の目は1-2cmでも分かるじゃないかと疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれません。レントゲンに映るためには、体を通過するX線を遮る必要があり、レントゲン像は平面(二次元)で表現されていますが実際は立体(三次元)での撮影なので、ある程度の厚み(体積)が必要となるからです。

 

当院が連携しているメディカルスキャニングは、放射線科専門医集団です。東京の各駅近くに位置し、最新のMRI、CTを備えています。空きが、あれば当日、大抵、翌日には予約できます。この近くでは、町田や藤沢にあります。土曜・日曜も一日やっています。結果を急ぐときは、検査終了後、1時間待っていただければ、その場で専門医のレポートとCDにファイルを入れて渡して下さいます。当院に持ってきていただければ必要に応じ、病院を紹介できます。

 

病院を受診した方はわかると思いますが病院内のMRI,CTは混んでおり、撮影まで相当の日時がかかります。予約する日、撮影する日、説明を受ける日と3日間拘束されます。当院の診療情報提供書と撮影のファイル、放射線専門医の診断レポートをおつけしますので、時間と手間が大幅に少なくて済みます。

 

鼻水がひどく以前総合感冒薬でも効かなかったという方には、花粉症の時に使うアレルギー止めの最新の薬(ルパフィン)を処方します。処方薬として新たに認可されるには、今までの薬より効果が増すか副作用が減るか、両方かでないと認可されません。効く(強い)薬は、副作用も強いという誤解があるようですが、それでは認可されません。認可の条件がいい加減だった(←緩やかだったの間違いです)古い時代の薬は、玉石混淆のようでこの限りではありません。発売後、1年も経てば副作用も出そろいます。市販薬のアレグラやアレジオンとは効きが違います。最新のアレルギー薬1剤で効果不十分な時は、作用機序(薬の働く仕組み)の異なるアレルギー薬を併用します。

 

痰を出しやすくする薬(去痰剤)で、よく使われているムコダインやムコソルバンでは改善しないこともあります。より新しいクリアナールからトライします。だめなら抗生物質の中で、マクロライド系(ペニシリン系やセフェム系がよく使用される抗生物質です)のクラリスを処方します。不思議な薬で、体の免疫に働きかけて、痰や鼻水を減らしてくれます。痰や鼻水も体から病原体を追い出すために白血球が作らせているわけです。びまん性汎細気管支炎という難病があります。1年中毎日強い痰がらみの咳が続く苦しい病気でした。

 

私の東大第三内科の先輩で日本医科大学の呼吸器内科の教授になられた工藤先生が、この病気の方がたまたまマクロライド系を服用していると症状がよくなることに気づきました。その他の同じ病気の方にも効くことを証明され、継続して服薬が必要ですが寿命が延びるようになり世界中で少量マクロライド持続療法がスタンダードとなりました。日頃から注意深く患者様を診て、びまん性汎細気管支炎の患者様を何とかしてあげたいという強い気持ちがないとできないことです。頭が下がります。

 

話を元のクラリスに戻しますが、気管支炎以外に耳鼻科領域でも蓄膿症(副鼻腔炎)によく使われます。細菌を抑える目的と言うよりも鼻水という分泌物を抑えるためです。

 

新型コロナが心配だけど風邪の症状が出たらどうしたらいいんだと思われる方も多いと思います。くまなくPCRや抗原検査を行うことよりも重傷者を判断して専門の施設に誘導することが私ども開業医の使命だと思います。

 

新型コロナの章で詳しく申し上げますが、最初の頃と違い、いろいろなことが分かってきました。英語の論文だけで1万以上と言われています。正確に理解すれば、決して恐い病気ではありません。もちろんどっかの大統領みたいに普通の風邪と一緒だと言うつもりもありません。新型コロナ独特の恐い特徴もありますから。

 

事実をきちんと理解しておけば、大丈夫です。己を知り敵を知れば百戦して危(あや)うからずです。今後、新型コロナについても私の分かる範囲でアップする予定です。そちらの方もお読みいただければ幸いです。

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